菩薩行
7~8年前、職場で、私が仕事を誰かに持っていったとき(提出や依頼など)その相手とちょっとした雑談をしないで、事務連絡のみで席に戻ると、相手とかから陰口を言われた。
「何も話をしないで帰った。」 と。
でも私は、お喋りが苦手 ![]()
悩みながら、何か話をしようと苦労を重ね・・・ 悩みを重ね・・・
現在は、それなりに何か話しかけられるようになった。
そういう事を言う人は、皆寂しいのだ。 「私に話しかけてくれない。」という人は寂しいのだ。「話しかけてくれない」という前に、自分から話しかければいいのに・・・。でも、それが出来ないのだ。 ある意味、自己中心。 そういう人が多いのも事実。 皆、寂しいのだ。 皆、愛されたいのだ。
4月になって、職場のメンバーも多少入れ替わって、午後1時前の化粧室での歯磨きタイムも、私には人に話しかける1シーンである。
ところが、先週ふと気付いた。 誰もいない。
私が話しかけすぎて、煙たがられてしまったんだろうか? 単に偶然そうなっただけだろうか? 分からない。
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職場で道標のテープを聴きたいと願うようになって、とうとうエンドレスで聴けるようになった。 私はそれを、さっそくお昼休みに聴いて、離れがたくなり、歯磨きにも持って行った。 とっても心穏やかなステキなお昼休みでした。
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人に話しかけなければ・・・と、苦しいながらも努力していたのは、私の菩薩行になっていたのではないか? 人への奉仕になっていたのかも知れない。
その菩薩行が終わったので、話しかける人が現れなくなったのではないだろうか。
菩薩行が終わり、次の段階であるクリシュナ様に専念する、という段階を神様から与えられている気がします。
なんとなく・・・
女性の菩薩行って、こういう内容だったのね。 私の場合![]()
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